居住民2千4百余名の分散移動ともなれば農耕地は各人とも所在地が一定せず然も遠距離で農耕の不便を来たし産物の減収は免かれず食糧に窮すること必定であります。
我等が5ヶ年間に於て施設した復興工事、即ち共同井戸、改良便所、改良畜舎、宅地の調整、植樹、家庭に於ける衛生設備等の放棄するに堪えません。当部落民には戦災寡婦、不具者、可働能力のない被扶助家庭等憐れむべき不遇な者があり彼等は貯蓄なく食糧の余裕も殆どなく引越は他人の援助に依らなければならぬことは彼等の最大なる苦痛であります。
常に食糧不足をかこつ今日軍作業を唯一の現金収入としている者は移動ともなれば長期欠勤は免かれ難く現金収入は杜絶され、農業に従事する者は移動期間生産作業不可能、その上食糧は必要以上に消費され移動中は勿論移動後の住民の疲弊困憊は火を見るより明かであります。
現在住家は資材の腐朽甚しく且釘づけなるが故に取りこわして再建すれば9割程度の補給を要し茅は村内で移動家屋の屋根を葺くに足る量なく家屋建築に大なる困難があります。
- 資料ID
- 000029
- 作成日
- 1951年9月4日
- 資料名
- 帰村に関する行政文書
- 件名
- 陳情書